等身大だからこそ『生きる』は心に染みて涙がこぼれます。
この歌のテーマは”生きる”
しかし、大きな事件や病気やドラマストーリーがあるわけではありません。
言ってしまえば、そこにあるのは”日常”
でも、だからこそ泣けるのです。
私だけではなくこの歌で泣いたという人も多いと思います。
歌としては短い時間ですが、心に刺さる感動
実は歌詞の世界観がものすごく深いんです。
私なりに世界観を広げて考察を進めてみました。
なぜこの歌が深くて泣けるのか
ぜひ『生きる』に浸っていければ嬉しいです。
Let's 深読み
✍️目次
・歌リンク
・歌詞
・考察
・主人公は引き籠もりで臆病で優しい
・主人公の苦しみ
・生きる理由
・自己評価は低いけど君への愛で溢れてる
・君は誰だろう
・いつかは君もいなくなる
冒頭の歌詞からです。
たったこれだけのフレーズからいくつもの情報が読み取れます。
「ちょっとばかり生きてみようかな」
→生きることが当たり前ではない。生きづらさの中にいる。
「でも明日が怖くて」
→明日が怖い
「引き籠もる」
→引き籠もりの状況。おそらくずっと引き籠もりの状況が続いている。
「こんな僕でごめんね」
→自己肯定感が低い。今の自分の状況に不満を抱いている。
「パパとママにありがとう」
→親への感謝を持っている。(反抗期ではないこと、親孝行の気持ちが強いことがわかる)
続けて歌詞を見ていきましょう。
→主人公は学生であることがわかります。(年齢までは不明)
「会話をするのが怖くなる」
→会話が元になって何かのトラブルがあったのか?
→言葉で自己を表現することが苦手
さて、ここまでで主人公像を描いてみます。
主人公は学生。
しかし、学校で何かがあったのか?
不登校となり、今は引き籠もりになっています。
しかし本来の主人公は、親孝行でとても優しい人格の持ち主です。
でもその優しさゆえなのでしょうか。
自己主張が苦手で、自己肯定感が低い、
優しいけれど、どこか臆病な性格の主人公でした。
それゆえに、この主人公の気持ちがわかるので少し主人公の苦しみを解説できたらなと思います。
主人公の苦しみの多くは、明日が怖いに由来しています。
明日が怖いのは、学校がやってくるからです。
学校がやってくるのが怖いのは、本来は学校に行かなければいけないのに行けない、
自分が間違っていると突きつけられるからです。
誰かがそう言うわけではありません。
自分が自分に今の自分は間違っていると考えてしまうのです。
明日がやってきたら、
学校に本当はいかなきゃいけない時間がやってきて
外では声がしはじめて
自分は間違っている
こんなことではダメだ
生きてていいんだろうか
生きてる価値などないんじゃないだろうか
そんなことを考えてしまうのです
『生きる』ではこんなに冗長に語られてはいません。
しかし、
言葉少なくとも伝わってくる
これがこの『生きる』のすごいところです。

むしろ、生きたいと歌った、前向きな歌なのです。
「でもねまだねもっと生きたい」
この歌詞すごく好きです。
でも、まだ、もっと
まるでこの3つでクレッシェンドをかけているみたいじゃないですか?
でも生きたい
まだ生きたい
もっと生きたい
この歌詞すごく好き。
さらに続く言葉もすごいんですよ。
「君が大好きだから」
「生きたい」に対して、ついつい聞いているほうがしてしまう「なんで?」という疑問に、先に答えるかのようなフレーズがたたみかけられています。
君が大好きだから、生きたい
生きる理由として素敵すぎ
さて、さらに深めていきましょう。
なぜ「君が大好きだから」が生きる理由になるのでしょうか。

歌詞の2番では、君と出会うまでの僕の過去編が語られています。
「大丈夫」と僕が願っていた、というのは
過去に主人公僕が周りと比べると「自分が弱く見え」ていたからこそ
そして誰にも愛されていない、と孤独を感じていたからこそ
そんな状況で「大丈夫」と自分に言い聞かせていたということです。
しかし、「いつの日だっけな?」とあるのは「大丈夫」と言っていた日々が遠い過去になったからです。
では今はどうなのでしょう??
今は本当の意味で大丈夫になったのではないでしょうか。
なぜ大丈夫になったのか。
それは君への愛で溢れているからです。
サビに繋げて考えて、過去も今も未来のこともすべてを愛で上書きされているといってもいいでしょう。
君への愛はまさに生きたくなかった日々を一変させたのです。
だから「君が大好きだから」が生きる理由になっているのですね。
君はとても大切で大きな存在です。
なぜなら主人公の生きる理由ですから。
皆さんは君にどんな人を思い浮かべましたか?
恋人?片想いの人?
『生きる』では具体的には語られていません。
だから明確に君が誰かを知ることはできないのです。
私が思うに、この君が誰か?は聴いた人に委ねられていると思うのです。
主人公僕にとっての君は、歌の世界にしか存在しません。
では、聴いている私たちが誰を思い浮かべるのか?
それは聴いている私たちにとって大好きな人、そして愛している人、大切な人を思い浮かべているはずです。
これは、恋人や片想いに限られているわけではありません。
例えば、家族、両親、子ども、友だち
加えて、憧れの人、アイドルなどの推しかもしれません。
もっと言えば、君は人ではないかも。
あなたにとって君で思い浮かべる人は誰ですか??
『生きる』を聴きながら思い浮かべてみてください。

君との別れが示唆されているのでは?というシーンが描かれています。
このフレーズにあります「夜の星」こそ君を指していると考えられます。
夜とは、暗い僕の状況を示唆していると考えられますので、そんな暗い夜の中でも明るく輝く星こそ、僕が愛している君です。
よく、方向性を示す星といえば、北極星が描かれます。
旅人が道を迷わないように道標とした星。
そんなイメージがこの「夜の星」からも感じられます。
なので、苦しく辛い夜にあって、主人公僕の生きる希望・生きる道標となっていた「夜の星」は君を象徴していると考えられるのです。
そしてまた、月も君を象徴しています。
「月が綺麗ですね」は「I love you」を夏目漱石が訳した言葉である、とは大変有名な話ですが、そもそもこの背景にあるものとして、月=愛しい人を指しています。
これがなぜか?まで書いていくと、大学の講義並みにおわらなくなってしまうので、
とにかく月=愛する人と思ってください。
そして月にはもうひとつ意味があって憧れの意味もあります。
そしてこの『生きる』の歌詞がとても素晴らしいところが、決して月そのものが僕の生きた証なのではなく
「今日も月が辺りを照らす これが僕の生きた証だ」
と、月の光=僕の生きた証、もっといえば月が照らしている場所=僕の生きた証
としているところです。
愛している人、憧れの人、そんな人の周辺で輝いているもの、それこそが僕の生きた証なのです。

この表現は本当に深いですね。
なぜならば、いつか夜があけて朝がやってくれば、夜の星も、月も、消えてしまうからです。
夜があれば朝があるものなので、これは君がいつかはいなくなることを示唆していると考えられます。
夜が朝になる、時間の経過
君がいなくなるのはなぜか?は決してあかされていません。
たしかに、君がいなくなることは悲しく寂しいことかもしれないのですが、マイナスだけで描かれているわけではありません
それが
夜があける=朝がくる
僕の苦しい生活があけて明るい未来がやってくることも示唆していると考えられるからです。
そしてそれは、決して生きた証がなくなるわけではないから。
月が照らした場所はたくさんありますから、君を愛していた主人公僕の生きた証はなくならないのです。
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この歌のテーマは”生きる”
しかし、大きな事件や病気やドラマストーリーがあるわけではありません。
言ってしまえば、そこにあるのは”日常”
でも、だからこそ泣けるのです。
私だけではなくこの歌で泣いたという人も多いと思います。
歌としては短い時間ですが、心に刺さる感動
実は歌詞の世界観がものすごく深いんです。
私なりに世界観を広げて考察を進めてみました。
なぜこの歌が深くて泣けるのか
ぜひ『生きる』に浸っていければ嬉しいです。
Let's 深読み
✍️目次
・歌リンク
・歌詞
・考察
・主人公は引き籠もりで臆病で優しい
・主人公の苦しみ
・生きる理由
・自己評価は低いけど君への愛で溢れてる
・君は誰だろう
・いつかは君もいなくなる
💙歌リンク
💙歌詞
ちょっとばかり
生きてみようかな
でも明日が怖くて引き篭もる
こんな僕でごめんね
パパとママにありがとう
学校に行くのはもうやめた
会話をするのが怖くなる
こんな毎日が続くの
明日もきっと独りきり
でもねまだねもっと生きたい
君が大好きだから
過去も今も未来のことも
全部全部愛しているよ
愛されなくても良いよ
期待されないくらいが楽だから
周りと比べると
自分が弱く見えるけど
大丈夫、僕なら大丈夫
そう願っていたのは
いつの日だっけな?
でもねまだねもっと生きたい
君が大好きだから
過去も今も未来のことも
全部全部愛しているよ
夜の星もいつかは消える
僕は上手く生きれるのかな?
今日も月が辺りを照らす
これが僕の生きた証だ
明日には生きているのかな
明日から
💙考察
❤️主人公は引き籠もりで臆病で優しい
まずは『生きる』の歌の世界を知るために、この歌を歌っている主人公はどんな人か?を考えていきましょう。冒頭の歌詞からです。
ちょっとばかり
生きてみようかな
でも明日が怖くて引き篭もる
こんな僕でごめんね
パパとママにありがとう
たったこれだけのフレーズからいくつもの情報が読み取れます。
「ちょっとばかり生きてみようかな」
→生きることが当たり前ではない。生きづらさの中にいる。
「でも明日が怖くて」
→明日が怖い
「引き籠もる」
→引き籠もりの状況。おそらくずっと引き籠もりの状況が続いている。
「こんな僕でごめんね」
→自己肯定感が低い。今の自分の状況に不満を抱いている。
「パパとママにありがとう」
→親への感謝を持っている。(反抗期ではないこと、親孝行の気持ちが強いことがわかる)
続けて歌詞を見ていきましょう。
学校に行くのはもうやめた「学校に行くのはもうやめた」
会話をするのが怖くなる
こんな毎日が続くの
明日もきっと独りきり
→主人公は学生であることがわかります。(年齢までは不明)
「会話をするのが怖くなる」
→会話が元になって何かのトラブルがあったのか?
→言葉で自己を表現することが苦手
さて、ここまでで主人公像を描いてみます。
主人公は学生。
しかし、学校で何かがあったのか?
不登校となり、今は引き籠もりになっています。
しかし本来の主人公は、親孝行でとても優しい人格の持ち主です。
でもその優しさゆえなのでしょうか。
自己主張が苦手で、自己肯定感が低い、
優しいけれど、どこか臆病な性格の主人公でした。
❤️主人公の苦しみ
実は、この考察をしている私、はるおもまた、一時不登校だったことがあります。それゆえに、この主人公の気持ちがわかるので少し主人公の苦しみを解説できたらなと思います。
主人公の苦しみの多くは、明日が怖いに由来しています。
明日が怖いのは、学校がやってくるからです。
学校がやってくるのが怖いのは、本来は学校に行かなければいけないのに行けない、
自分が間違っていると突きつけられるからです。
誰かがそう言うわけではありません。
自分が自分に今の自分は間違っていると考えてしまうのです。
明日がやってきたら、
学校に本当はいかなきゃいけない時間がやってきて
外では声がしはじめて
自分は間違っている
こんなことではダメだ
生きてていいんだろうか
生きてる価値などないんじゃないだろうか
そんなことを考えてしまうのです
『生きる』ではこんなに冗長に語られてはいません。
しかし、
言葉少なくとも伝わってくる
これがこの『生きる』のすごいところです。

❤️生きる理由
さて、そんな辛い状況にある主人公ですが、この『生きる』は決して暗くて辛いだけの歌ではありません。むしろ、生きたいと歌った、前向きな歌なのです。
でもねまだねもっと生きたい
君が大好きだから
過去も今も未来のことも
全部全部愛しているよ
「でもねまだねもっと生きたい」
この歌詞すごく好きです。
でも、まだ、もっと
まるでこの3つでクレッシェンドをかけているみたいじゃないですか?
でも生きたい
まだ生きたい
もっと生きたい
この歌詞すごく好き。
さらに続く言葉もすごいんですよ。
「君が大好きだから」
「生きたい」に対して、ついつい聞いているほうがしてしまう「なんで?」という疑問に、先に答えるかのようなフレーズがたたみかけられています。
君が大好きだから、生きたい
生きる理由として素敵すぎ
さて、さらに深めていきましょう。
なぜ「君が大好きだから」が生きる理由になるのでしょうか。

❤️自己評価は低いけど君への愛で溢れてる
主人公である僕は、自己評価が低いことは先に述べた通りです。歌詞の2番では、君と出会うまでの僕の過去編が語られています。
愛されなくても良いよ
期待されないくらいが楽だから
周りと比べると
自分が弱く見えるけど
大丈夫、僕なら大丈夫
そう願っていたのは
いつの日だっけな?
「大丈夫」と僕が願っていた、というのは
過去に主人公僕が周りと比べると「自分が弱く見え」ていたからこそ
そして誰にも愛されていない、と孤独を感じていたからこそ
そんな状況で「大丈夫」と自分に言い聞かせていたということです。
しかし、「いつの日だっけな?」とあるのは「大丈夫」と言っていた日々が遠い過去になったからです。
では今はどうなのでしょう??
今は本当の意味で大丈夫になったのではないでしょうか。
なぜ大丈夫になったのか。
それは君への愛で溢れているからです。
君が大好きだから
過去も今も未来のことも
全部全部愛しているよ
サビに繋げて考えて、過去も今も未来のこともすべてを愛で上書きされているといってもいいでしょう。
君への愛はまさに生きたくなかった日々を一変させたのです。
だから「君が大好きだから」が生きる理由になっているのですね。
❤️君は誰だろう
『生きる』で歌われている君とは誰なのでしょうか。君はとても大切で大きな存在です。
なぜなら主人公の生きる理由ですから。
皆さんは君にどんな人を思い浮かべましたか?
恋人?片想いの人?
『生きる』では具体的には語られていません。
だから明確に君が誰かを知ることはできないのです。
私が思うに、この君が誰か?は聴いた人に委ねられていると思うのです。
主人公僕にとっての君は、歌の世界にしか存在しません。
では、聴いている私たちが誰を思い浮かべるのか?
それは聴いている私たちにとって大好きな人、そして愛している人、大切な人を思い浮かべているはずです。
これは、恋人や片想いに限られているわけではありません。
例えば、家族、両親、子ども、友だち
加えて、憧れの人、アイドルなどの推しかもしれません。
もっと言えば、君は人ではないかも。
あなたにとって君で思い浮かべる人は誰ですか??
『生きる』を聴きながら思い浮かべてみてください。

❤️いつかは君もいなくなる
君への愛に支えられて生きていると言っても過言ではない主人公ですが、『生きる』の歌詞の最期には、君との別れが示唆されているのでは?というシーンが描かれています。
夜の星もいつかは消える
僕は上手く生きれるのかな?
今日も月が辺りを照らす
これが僕の生きた証だ
このフレーズにあります「夜の星」こそ君を指していると考えられます。
夜とは、暗い僕の状況を示唆していると考えられますので、そんな暗い夜の中でも明るく輝く星こそ、僕が愛している君です。
よく、方向性を示す星といえば、北極星が描かれます。
旅人が道を迷わないように道標とした星。
そんなイメージがこの「夜の星」からも感じられます。
なので、苦しく辛い夜にあって、主人公僕の生きる希望・生きる道標となっていた「夜の星」は君を象徴していると考えられるのです。
そしてまた、月も君を象徴しています。
「月が綺麗ですね」は「I love you」を夏目漱石が訳した言葉である、とは大変有名な話ですが、そもそもこの背景にあるものとして、月=愛しい人を指しています。
これがなぜか?まで書いていくと、大学の講義並みにおわらなくなってしまうので、
とにかく月=愛する人と思ってください。
そして月にはもうひとつ意味があって憧れの意味もあります。
そしてこの『生きる』の歌詞がとても素晴らしいところが、決して月そのものが僕の生きた証なのではなく
「今日も月が辺りを照らす これが僕の生きた証だ」
と、月の光=僕の生きた証、もっといえば月が照らしている場所=僕の生きた証
としているところです。
愛している人、憧れの人、そんな人の周辺で輝いているもの、それこそが僕の生きた証なのです。

この表現は本当に深いですね。
なぜならば、いつか夜があけて朝がやってくれば、夜の星も、月も、消えてしまうからです。
夜があれば朝があるものなので、これは君がいつかはいなくなることを示唆していると考えられます。
夜が朝になる、時間の経過
君がいなくなるのはなぜか?は決してあかされていません。
たしかに、君がいなくなることは悲しく寂しいことかもしれないのですが、マイナスだけで描かれているわけではありません
それが
夜があける=朝がくる
僕の苦しい生活があけて明るい未来がやってくることも示唆していると考えられるからです。
そしてそれは、決して生きた証がなくなるわけではないから。
月が照らした場所はたくさんありますから、君を愛していた主人公僕の生きた証はなくならないのです。
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